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日本経済が進むべき道は

=グローバル化の先の日本を考える(下)=

2022年08月05日

所長の眼

所長
早﨑 保浩

 米中新冷戦、コロナ危機、そしてロシアによるウクライナ侵略。予想もしていなかったショックに、世界そして日本は次々と見舞われた。グローバル化の流れは止まってしまうのか。エネルギー価格高騰の中で気候変動対応はどう変わるのか。この局面を日本はどのように切り開いていけばよいのか。長年国際的な舞台で活躍してきた氷見野良三・前金融庁長官と行った対談を、3回にわたり掲載する(2022年7月5日実施)。

 早﨑:これまで議論してきたように、世界にはさまざまな問題がある。その中で今後、日本はどうなるのだろうか。さまざまな政策を積み重ねてきたが、国内総生産(GDP)も賃金も増えない。一方、財政赤字はどんどん膨らみ、少子高齢化も止まらない。長年経済政策に携わってきた1人として、日本経済についてどのように考えていたか。

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日本経済について語る筆者
(写真)財津大海

 氷見野:金融面では、リスクに見合うリターンが生まれ、リターンを伴うリスクテイクに資金が回る金融資本市場にしようと、何十年も言い続けてきた。しかし、残念ながら実現していない。長官就任時の訓示で意気込みを職員に伝えたが、退任時の講演では残された課題として言及することになった。この点は忸怩(じくじ)たるものがある。

 2021年秋から東京大学で比較金融危機論という講義を受け持っている。日本の金融危機はもちろん、米リーマンショックやユーロ危機、韓国の通貨危機も扱った。その際、受講者から次のような質問を受けた。

 「韓国も日本も1997~98年に金融危機に見舞われた。当時の韓国の1人当たりGDPは日本の半分強。ところが今や購買力平価ベースで日本を抜いた。危機時には国際通貨基金(IMF)が広範な改革パッケージを押し付け、経済は一時大きく沈んだ。これは、本来自国の判断でやるべきことを国際機関が押しつけ、経済を壊したととらえるべきか。それとも、自分ではできない改革を行ったので、その後の成長の道が開けたととらえるべきか」

 授業の時にうまく答えられず、その後、韓国の人に会う度に同じ質問をしている。「基本的には必要な改革が行われ、その後の成長の基盤を築いた面が大きい」との回答が多い。一方、ある人は「それで韓国人が幸せになったかどうか、分からない」とも付け加えた。

 日本の学生相手に同様の質問をすると、「日本も韓国のようにIMFの改革パッケージを実行するくらいのことをした方が良かった」との意見と「日本ならではの良さをもっと大切にすべきだった」との意見に分かれる。若い人でも両論あるということだ。要は、どういう社会を目指すのかという点自体が難しい。

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金融危機(イメージ)
(出所)stock.adobe.com

 早﨑:GDPのような数字で見る限り、日本は冴えないし、失敗していると言われても仕方ない。他方で、貧困問題は深刻化しているが、それなりに幸せに生きている人も多いと感じる。この意味で、目指すべき社会像や価値観が人によってかなり異なる。我々が小学生の頃は共通していた気もするが、変化してきている。「日本の成長」と聞いて、響く人、無関心な人、怒る人の三層構造になっていて、真ん中の無関心が多くなっているのかもしれない。

 氷見野:以前、スケートボードを題材にしたコラムを書かれたと思う。減点主義でなく、何度失敗しても一回高い点が出れば良い。若い人たちが、そのルールのもとでグローバルな選手間のコミュニティでお互いをたたえ合い、のびのびと交流もしながら世界一に輝いている。いろいろな人がのびのびと力を発揮し、やりがいや生き甲斐を感じ、結果としてGDPも付いてくるような社会が良いのかもしれない。

 早﨑:セーフティネットは大事だ。ないと委縮して挑戦できなくなってしまう。学校以外も含めた広い意味での教育も重要だろう。そうした不可欠な要素のいくつかが確保されていない、あるいは崩れてしまった気がする。

 他方で、それらが確保されるなら、経済成長率5%を目指す必要はないのかもしれない。セーフティネットを前提に、各人が挑戦したいことを見つけ追っていく社会が理想かもしれない。

 氷見野:そうした中で、日本企業はどうすれば良いと思うか。

 早﨑:「昔は良かった」的な話になってしまうが、間違いなく日本企業が世界をリードしていた時代があった。それが徐々に崩れてしまった。無論、今でも世界で活躍する企業は少なくないし、部品や素材などで世界の製造業を日本が支えている面もある。ただ、日本企業のジャンプが皆の心を一瞬にして捉えてしまうような事例は少なくなっている。言い換えれば、本当のイノベーションが起こせなくなっている。

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イノベーション(イメージ)
(出所)stock.adobe.com

 氷見野:勝者総取りの世界になってきている中、世界制覇できないと生き延びられないような分野も増えているのではないか。この点で、リコーのブランド・メッセージ「imagine. change.」は的を射ていると感じる。世界の課題をよく見て、その課題が解決された姿やシステムを想像し、それに向けて変革していく。imagineしてchangeする飛躍に取り組むようなワクワクする職場をみんなで作っていけたら、単にGDPが増え、世界の売上シェアが増えるだけでなく、すばらしい日本になるような気がする。

 早﨑:日本でもアニメを作っている人はそういう気持ちなのかもしれない。クリエイティブで、世界の若い人から「日本はアニメ」という感じで尊敬されている。こうしたことがいろいろな分野に広がると良いし、広げなければいけないとも思う。

 氷見野:それがアニメの作品の力となっているのだろう。日本の課題には世界と共通するものがある。日本の課題を本当に突き詰め、その答を力のある製品や政策の形で打ち出していけば、すごい発信力になるはずだ。日本発のウォークマンもiモードも最終的な世界制覇はiPhoneに譲ってしまったのが悔しい。日本企業が世界を変える可能性については、何に注目しているか。

 早﨑:データと人工知能(AI)の領域は鍵になると思う。データを蓄積し、分析することで新しい価値を生み出せる。リコーに即して言えば、営業部隊はお客様のさまざまな情報を持つ。それをデータベース化し分析できれば、お客様から見て「こんなことに気づいてくれたのか」と喜んでいただけるサービスが生み出せる。複合機に蓄積されるデータも活用できる。世界制覇の点でグーグルのようなプラットフォーマーにかなわないが、やれることはある。

 また、ダイバーシティ&インクルージョン(多様性と包摂)の重要性が言われる。女性、外国人、高齢者、障がい者、病気の方などさまざまな状況に置かれている人が、それぞれの能力をフルに発揮できる環境が重要だ。こうした環境は、その人たちが働く企業にとっても、多様な人の知識、経験、能力を活用することを通じて、企業価値の向上に結びつく。ロボティクス、VR(仮想現実)・AR(拡張現実)、AI、センサーなど、さまざまな分野で貢献できるはずだ。

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氷見野氏(左)と筆者
(写真)財津大海

早﨑 保浩

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